書籍出版の動機について / 牧野富太郎研究所

植物学者・牧野富太郎に関する人物研究、および伝承を目的としています。

牧野富太郎研究所について

『牧野結網補伝Ⅳ』(人脈形成編<その1>) 出版動機

牧野結網補伝Ⅳ 人脈形成編その1

牧野富太郎研究所は、2015年5月発刊の『牧野結網補伝・漉川葵人著作集』その「発刊の辞」に示したように、同所の活動目的と具体的な活動内容にもとづき、これまで牧野富太郎の人物像を掘り下げて来た。この著作集は、既刊の牧野結網補伝シリーズⅠ、Ⅱ、Ⅲ、そして牧野結網補伝「植物同好の士シリーズ」の内容を合本化したものであって、シリーズ化の途中において、いわば「正編」としてまとめたものであった。本著の発刊は、従来より企画にあったシリーズⅣ、Ⅴに匹敵する原稿をその「続編」としてまとめて発表する前段階のものであって、その一部をⅣとして発表するものである。

その概要は牧野富太郎が郷里に別れを告げ上京して以来、東京帝国大学理科大学で地位を得るとともに、どのようにして自らの生活基盤および人脈を形成して来たか、植物学大成に向け生き抜いた明治・大正・昭和を通してその一端を<第一部>において見ることにする。<第二部> では、新潟県(越後国)における生産活動を特集して、「牧野行動録」を読み解きながら交わった植物同好の士を発掘し、牧野富太郎の活動を歴史探索する。<第三部>では『牧野結網補伝・漉川葵人著作集』で取り扱った「植物同好の士(信州・伊那谷篇)」を「その1」として、更に現在も尚先人の功績を脈々と受け継ぎながら長野県植物史編纂に貢献し、後進を育成する人物を「その2」(完結編)として取り上げる。中でもこの一植物研究家がどのようにして中央の植物学者と親交を深めたか、また信州植物史に歴史的な功績を残し牧野富太郎と渡り歩いた先人の信州が生んだ著名な植物学者達にどのように影響され活動したか、そして結果的に牧野富太郎とどのように関わりを持ったかを振り返って行きたい。最後に<第四部>では「牧野行動録」を探求する中で、牧野富太郎が著した自叙伝の内容とその事実関係の差異について、取材などを通じて得られたエピソードを交えながら、「逸話シリーズ・その1」として検証結果をまとめてみた。

本著の特徴は前項を通してそれぞれの内容が関連性を持ち、特に牧野富太郎と親交の深かった人物との交流をより深く掘り下げた所にある。従って個別の人脈と絡み合った繋がりを明らかにすることに心掛けた。この試みは今後も同シリーズにおいて継続して取り上げ、牧野が力を注ぎ根付かせた植物学普及活動と地方の植物研究家との関わりをより深く研究することで、牧野富太郎が結果的に植物学において大成した背景を解明して行きたい。また、逸話シリーズは牧野富太郎の人物像を知る上で必須であり、著者が過去に取り上げた物事と、今回の物、そして今後取り上げる物を加え、何れ「続々編」としてまとめ上げたい。

牧野富太郎が遺した日記は、それを基に『牧野富太郎植物採集行動録 明治・大正篇』および『牧野富太郎植物採集行動録 昭和篇』として編集され、高知県立牧野植物園によって発行された。本著は説明文章において、その出典名の簡便化を図るため、日付を添えることで敢えて二篇を区別することなく「牧野行動録」と簡略して記述したことをここに断わっておく。従って文章に見られる年月日をもってその所収を判別するものとする。

2015年12月23日           漉 川 葵 人

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