牧野富太郎人物像 / 牧野富太郎研究所

植物学者・牧野富太郎に関する人物研究、および伝承を目的としています。

牧野富太郎人物像

牧野富太郎の書簡の特徴

1、前文(頭語・時候の挨拶・安否の挨拶)

頭語は一般的な「拝啓」、「拝復」が圧倒的に多く、相手との書簡の往来が比較的多い場合には、いきなり主文へ入るための起こし言葉として「御申越しの件」や「尊書拝見致しました」が多く見られ、往来が途絶えていた場合には、「その後御無沙汰致して居ります」または「その後変わりなく」などに始まることが多いように見受けられる。

時候の挨拶は時節ごとに様々で、牧野富太郎が当日瞬時に捉えた体感の言が比較的多い。例えば春であれば、「春気動き始めました」、「暖かく相成りました」、「愈々(いよいよ)春らしくなり」や「梅花の時節」、「春暖のよい時節と相なり」などが見られ、夏であれば「新緑のよい時候と相成り」、「漸く天気が回復して夏らしい気分成りました」、「向暑の時節」や「残暑尚酷烈なる」などが見られる。秋であれば「朝夕少々寒い時候」や「秋冷の時節」などが見られ、冬であれば、「愈々(いよいよ)冬天と相成り」、「日増しに(日を逐(おう)而(て))寒気相募り」や「日増しに寒気相加わり」、「愈々(いよいよ)霜降の時節」、「寒風結霜の時節」などが見られる

安否の挨拶は、「御安泰の段」や「御清適の段」あるいは、親しい中では「御機嫌の段」に続けて、「~(例えば「慶賀」)の至に存じます」、「益々御多祥と存じます」、「御精研の御事と御喜び申し上げます」の様に用いることが多く、自らの安否の知らせでは、「相変わらず元気ですから御休神を願い上げます」または「例の通り至極健康ですから御休神願います」となる。以上の一連が前文として用いられることが比較的多い。また、お礼、お詫びの挨拶は、「~の至に堪へ(え)ません」が圧倒的に多い。

2、主文(起語・本文)

主文への切り替えは、「扨(さて)」または「サテ」の起語(起こし言葉)で始まり、本文の内容は、当然の如く植物にまつわるあらゆる方面の、問い合わせ、依頼、相談、催促、侘び、助言、忠告、抗議など多岐にわたる。

3、末文(終結の挨拶・結語)

結びの言葉は、「先(まず)は右御相談まで申上げます」、「不取(とりあえ)敢(ず)右御返事まで」、「不取(とりあえ)敢(ず)右厚く御禮申し上げます」、「不取(とりあえ)敢(ず)右御承知まで」、「取り急ぎ書下(かきくだし)要件まで」、「右宜しく願い上げます」、「右無事の到着を御報知まで申上げます」などの類例が多く見られる。

健康と無事を祈る挨拶は、「時下折角御自愛専一に願上(ねがいあげ)ます(又は、祈り上げます)」や「時下切に御自愛を祈ります」が圧倒的に多い。返事を求める挨拶は、「~から折返し右御知らせを願い上げます」や「~を御報知下され度御願申上ます」などで、伝言を依頼する挨拶には、「御序(おついで)の節何卒宜敷(よろしく)御伝声(でんせい)願上げます」または「御出会の節は~君にも宜敷申上げ下さい」などの類例が多い。

結語は、「拝啓」に対してそれが無い場合や「頓首」または「早々不尽」が多く、特に丁重に改まった場合には「粛啓」に対して「頓首敬白」が見られる。書簡の往来を重ね親交を増すと頭語が無い場合が殆んどで、「早々」、「早々不尽」、「早々頓首」、「早々不一」、「早々不備」、「敬具」、「拝具」が多い。また「拝復」、「早々拝復」を結語とする場合が見られ、親交が深まると「左様なら」なども見られる。

4、後付け

日付はごく普通で、署名は「牧野富太郎」または「牧野富太郎拝」である。宛名および敬称は、一般の者へは「〇〇様」が多く、植物学者や歴史家などの識者へは「〇〇先生」、「〇〇賢台(けんだい)」、「〇〇老台」が多く、その脇付(わきづけ)には「机下(きか)」、「玉(ぎょく)机下(きか)」、「玉(ぎょく)案下(あんか)」、「玉榻下(ぎょくとうか)」、「硯(けんぽく)北」、「梧下(ごか)」などが見られる。封筒の宛名脇付へも同様に、「机下」、「玉机下」、「案下」、「玉案下」、「賢台」、「貴酬」、「侍史(じし)」、「侍曹(じそう)」が用いられ、その他に「親展」、「気付」が見られる。

5、敬語

敬語に関してはごく普通である。自らを「小生」または「拙者」、妻を「荊妻」、自宅を「拙宅」とへりくだり、相手に対して「貴台」、「賢台」と敬意を表している。牧野富太郎の主幹した『植物研究雑誌』への寄稿文に対しては「玉稿(ぎょっこう)」として取り扱っている。

本文中に見られる尊敬および丁寧語としては、先ずは先頭に「御」を付した用語が多用され、「貴兄」、「拝承」、「拝読」、「拝受」、「拝復」、「御恵送」、「御恵贈」、「御申越下された、又は、御申越の件」、「御承引下され」などがよく使われている。

6、牧野富太郎の書簡に学ぶ

「~の段」の使い方
前文の多くは「~の段~至に存じます」のセットで始まる。この「段」について『小学館 国語大辞典』を引いてみると、「文章や話のひとくぎり。場面」とある。「~こと」あるいは「~の次第」、「~よく」の意であろう。その一例ではあるが、牧野富太郎の書簡の中から活用事例を拾ってみると、「御安泰之段侯賀の至に存じます」、「御清適之段慶賀の至に存じ上げます」、「御清適之段御慶びを申し上げます」、「御清適之段大慶に存じます」、「御精研之大慶の至に存じ上げます」、「御精康之段慶賀の至に存じ上げます」などが見られる。
「~の至」の使い方
多くの書簡には「~の至に堪へない」、「~の至に存じます」を決まり文句のように用いている。この「至り」について『広辞苑』を引いてみると、①物事のきわまり。極度。極上等。「光栄の・・・」、②思慮あって行き届いていること。③学問芸術などの造詣の深いこと。④情趣の深さ。⑤致す所。結果。とある。非常に短い言葉の中に、趣のある深い味わいの言葉であり、使い始めると、端的に自分の気持ちが表現できる優れた言葉であることがわかる。「堪へない」は「堪えない」であって、「感情などを抑えることができない」の意味であり、至りはその極みということになる。その一例ではあるが、牧野富太郎の書簡の中から活用事例を拾ってみた。解説は『大辞泉』によった。
  • 慶賀の至(慶賀=喜び祝うこと。)
  • 大慶の至(大慶=大きなよろこび。この上なくめでたいこと。)
  • 感謝の至(感謝=ありがたいと思う気持ちを表すこと。また、その気持ち。)
  • 汗顔の至(汗顔=顔に汗をかくほど恥ずかしく感じること。また、そのさま。赤面。)
  • 面倒の至(面倒=手間がかかったり、解決が容易でなかったりして、わずらわしいこと。また、そのさま。)
  • 恐縮の至(恐縮=おそれて身がすくむこと。)
  • 懇願の至(懇願=ねんごろに願うこと。ひたすらお願いすること。)
  • 嘱望の至(嘱望=人の前途・将来に望みをかけること。期待すること。)
  • 感慨の至(感慨=心に深く感じて、しみじみとした気持ちになること。また、その気持ち。)
  • その他、「侯賀の至」、「希望の至」、「喜びの至」などもあり、その活用例は大きい。
特徴的な言葉と読み方
候文は昭和時代に入ると減少するものの、昭和十三年頃までは現代文と混用している。句読点が少なく、文中に出てくる「~は」、「~に」の助詞は、「~ハ」、「~バ」、「~ニ」のように必ず、カタカナを用い、江戸時代の古文書にもこの用法は多く見られる。また、「~します」の「す」は「春( )」のように変体仮名をもちることがある。さらに「春氣動起初免ました=しゅんきうごきはじめました」のように、時々変体仮名を混在して用いることがあるので、この事を意識に止めておけば読み変えることができる。 「~の」については「~之」を用いている。繰り返す言葉は例えば、「わざわざ」や「いろいろ」のように「くの字点」の繰り返し記号や同様にその濁点記号「ぐ」を用いている。
何と言っても特徴的な言葉は、「有り難く」は「難有」、「相変わらず」は「不相変」、「取り敢えず」は「不取敢」、「拘わらず」は「不拘」、「右誠に延引ながら」は、「右誠ニ乍延引」のように「ながら」に関して、「乍~」を用語の上に付けて用いる類例が多く、漢文的要素が文中に混在する。少なくともこの特定した助詞の「ハとニ」および漢文的用法事例は牧野富太郎の書簡用例の法則に従ったものと言える。また時代劇に出てくるような、「仕り=つかまつり」、「申可し=もうしべし」、「忝く」すなわち「かたじけなく(おそれおおくも)」も多く用いられる
中々現代人に読みにくい草書体の漢字としては、先ず「拝復=はいふく」に始まり、「拝見=はいけん」、「益=ますます」、「処(處)=ところ」、「洵に=まことに」、「愈よ=いよいよ」、「多忙=たぼう」、「察し=さっし」、「~段=だん」、「相成り=あいなり」、「懇願=こんがん」、「至=いたり」、「堪へません=たえません」、「存じ=ぞんじ」、「候=そうろう」、「芽出度=めでたく」、「御休神=ごきゅうしん」、「尽力=じんりょく」、「自然=しぜん」、「萬事=ばんじ」、「歳=とし」、「御禮=おんれい・おれい」、「往復=おうふく」、「帰宅=きたく」、「無事ニ出発=ぶじにしゅっぱつ」、「無い=ない」、「伝(傳)える=つたえる」、「御申越=おもうしこし」、「尊書=そんしょ」があり、主文への切り替えの際に「扨=さて」と「、」なしに次の言葉が続く。「恐縮=きょうしゅく」、「恐れ入る=おそれいる」、「丕=うける」、「願う=ねがう」、「楽しむ=たのしむ」、「故=ゆえに」、「是非=ぜひ」、「此=この」、「序ニ=ついでに」、「誠に=まことに」、「難有=ありがたく」、「不拘=拘わらず」、「不相変=あいかわらず」、「不取敢=とりあえず」、「乍延引=えんいんながら」、「御座候=ござそうろう」、「御自愛御専一=ごじあいせんいつ」、「得る=える」、「間違える=まちがえる」、「若し=もし」、「大分=だいぶ」、「別紙=べっし」、「夜=よる」、「殿=との」、「~書=しょ」、「被下度=くだされたく」、「宜敷=よろしく」等が読みづらく、最後に「左様なら=さようなら」で終わることがある。逆に言えば、ここに上げた牧野富太郎が学んだ流派の草書体を理解していれば、牧野の書簡解読に有益であると言える。
区別が付かない用語として、「別と前」や「至と玉」等があるが、前後の文意から想像付けられる。晩年、牧野富太郎の次女の牧野鶴代が代筆することがあったが、よくよく側近にいて父をお手本としたと見えて、非常によく似た筆跡である。「拝復」、「愈よ」、「相成り」、「存じ」、「扨」等は特によく似ている。いかにも礼を重んじ完璧症で一面精密繊細な牧野富太郎らしく、病床に臥しながらも自らの言葉でその内容の一言一言を指示したのではないかと推察され、文章からその息遣いが伝わってくる。
候文の読み方(ごく一部の一般的な語句)
「候」、「御座候(ござそうろう)」、「御座候処(ござそうろうところ)」、「無御座候(ござなくそうろう)」、「申上候(もうしあげそうろう)」、「御願申候(おねがいもうしそうろう)」「候(そうら)得(え)(ヘ)共(ども)」、「被(なし)成下(くだされ)」、「被仰上(おおせあげられ)」、「相成候間(あいなりそうろうあいだ)」、「相成度候(あいなりたくそうろう)」、「可成(なるべく)」、「可仕候(つかまつるべくそうろう)」、「可申上候(もうしあぐべくそうろう)」、「可被成候(なさるべくそうろう)」、「可被下候(くださるべくそうろう)」、「可被(なしくだ)成下候(さるべくそうろう)」、「被(なし)成下置候(くだしおかれそうら)は(わ)ヽ(ば)」、「被仰下候(おおせくだされそうろう)」、「難有(ありがたく)」、「無之(これなく)」、「有之(これあり)」、「仕度(つかまつりたく)」、「不仕候(つかまつらずそうろう)」、「不相(あいかわら)変(ず)」、「不取(とりあえ)敢(ず)」、「不拘(かかわらず)」、「不(もう)申(さず)」、「不悪(あしからず)思召(おぼしめし)」、「被申付置候(もうしつけおかれそうろう)」、「被仰付(おおせつけられ)」、「被仰候(おおせられそうろう)」、「被仰付候(おおせつけられそうろう)」、「奉恐入候(おそれいりたてまつりそうろう)」、「奉存候(ぞんじたてまつりそうろう)」、「奉(もうし)申上候(あげたてまつりそうろう)」、「難有奉存候(ありがたくぞんじたてまつりそうろう)」、「乍恐(おそれながら)」、「乍(えんいん)延引(ながら)」、「乍存(ぞんじながら)」、「乍序(ついでながら)」、「乍(しかし)然(ながら)」、「乍憚(はばかりながら)」、「殊之外(ことのほか)」、「如(くだんの)件(ごとし)」、「如何(いかん(いかが))」、「如(かくの)此(ごとく)」、「如斯(かくのごとく)」、「依而如件候(よってくだんのごとくそうろう)」「先達而(せんだって)」、「益(ますます)」、「陳者(のぶれば)」、「折悪敷(おりあしく)」
牧野富太郎の発信した明治・大正期の書簡には、以上のような語句が多く使われている。ここに示した語句はそのごく一部ではあるが、取り上げた語句の読み方を組み合わせて応用すれば、何んとか読破できる。

ページトップ