著者紹介 / 牧野富太郎研究所

植物学者・牧野富太郎に関する人物研究、および伝承を目的としています。

著者紹介

わが心の友・カンアオイ

気味の悪いコシノカンアオイと長い間ともに暮らしてきた。だが細辛などの秀逸品を求める古典マニヤやハンターでないことを冒頭断わっておく。一般的にカンアオイと称すものは、葉が葵似て十一月から一、二月の寒中に開花する。そして寒中において葉が青々として枯れず花を咲かせるので、「寒葵」という。また、歳時記に「寒葵」は載っていない。

コシノカンアオイ」は、新潟の名酒「越之(こしの)寒梅(かんばい)」と同様に、「越之(こしの)寒(かん)葵(あおい)」と書く。いわゆる越後の寒葵(カンアオイ)という意味である。また、ヒメギフチョウの食草ウスバサイシンやギフチョウの食草カンアオイを追い求め観察することは、カンアオイとの関わりを研究する上で必須の材料となる。

誰からも好かれないこの山野草を、自分自身なぜこよなく愛し、そして強く惹かれるのかわからずにいた。というよりは、自ら感じている心の内をうまく表現ができなかったのである。同じコシノカンアオイでも、葉の模様も花も種類が豊富で魅了され飽くことを知らない。朝一番に植栽した庭を見て回り、鉢植えを観賞すると、スッとし心楽しくなる。すると朝食も美味しくいただけ、一日の仕事もはかどるのである。そして茎や葉が折れると独特の臭いを放つが、その匂いを嗅ぐと心が落ち着き、カンアオイは〝私の精神安定剤〟または〝サプリメント〟だと常々妻に語っている。いわゆる瞬間的少閑ともいえども、ストレスの多い人間社会とを隔離する〝健康維持植物・わが心の友〟である。だがしかし、それだけが心が惹かれる理由ではないような気がする。うまく表現できないが、何かカンアオイには強く惹かれる魅力が存在している。これまでそれが何故かわからずにいた。遂にそんな筆者の表現力の無さや思いを端的に表した一冊の本と出合うことが出来た。それは、山下一夫著『かんあおい』(一九七四年)である。先ずその著書の寄せ書きを務めた山下滋子夫人の言葉を次に紹介する。

かんあおいは山下一夫のこよなく愛した植物の一つだった。山歩きに出かけた帰りには、かんあおいの株を大切に持って来て庭の片隅に植えるのが常だった。年賀状の花カードにもいくたびか使ったし、色紙を頼まれると、両面一ぱいに葉を拡げた元気のよいかんあおいをよく描いた。

「かんあおいは奇妙な草である。年の瀬も押しつまって草や木がすべて長い冬の眠りに入る季節にようやく春を迎え花を開く。而もその花は凍てついた土中に半ば埋もれて、落葉や土くれをかきわけない限り花の存在を確かめることは出来ない」と随筆にも書いている。私は新聞の園芸欄の記事で、かんあおいの花は花粉を運んでくれる虫の訪れを待って、一カ月の余もひっそりと咲きつゞけているということを知った。雪の降ったある朝、かんあおいの葉を押し分けて雪と土とを少し掘ってみた。そこには彼のスケッチブックに描かれているとおりの茶色っぽい花がひっそうりと咲いていた。

地味で控え目で、辛抱づよい花を夫が愛した気持ちが判るような気がした。何故ならそれは夫の性格にぴったり一致するからである。

これらの描写は、まるで筆者の人生を生写しているような気がした。そして山下夫人により「夫の性格にぴったり一致する」と記されているが、筆者も自ら語るのはおかしいが、同様な性格であるような気がする。即ち筆者はこれを読んで、カンアオイに自分自身を重ねていたことに気付いたのである。これまでカンアオイに関する本を何冊も読んで来たが、その殆んどが学術的なものや、園芸的な観賞を誘う内容のものであった。また、このようにカンアオイを親愛し、人間をカンアオイとラップさせる表現と出会わなかった。この著書は『かんあおい』と題名がついてはいるが、カンアオイに割いた項数は、ただの2ページである。山下はその著書「「かんあおい」とその仲間」の項でカンアオイの特徴を、「「かんあおい」の花は、多肉の円筒で、先が三つに分れているが、この分れた部分は萼ではない。ハート形の葉の表面には、白い雲様紋や白脈があり、寒中も枯れることがないから、観賞用としてもなかなかに捨て難い。この仲間には地方によってなかなか色々な種類があり、都下の山地には「たまのかんあおい」「ふたばあおい」「うすばさいしん」、神奈川、静岡県下には「らんようあおい」「おとめあおい」、近畿北陸には「ひめかんあおい」「すずかかんあおい」。その他東北、中国、九州にもそれぞれ特有の種類があって、花期も一、二月から四、五月と多岐にわたっている。ただ「かんあおい」のように寒中に咲く種類は殆んどないから、この仲間は、先ず春だと思っていて間違いない。」と述べている。

カンアオイ

高橋八十八著『森の手紙』(2001年)と『雪国の四季と草木と人間と』(1986年)において、コシノカンアオイが取り上げられている。それによると、現在の新潟県十日町市松代では、ブナの林床やブナの巨木の下にコシノカンアオイが生えているという。筆者気になって、2013年9月に十日町市の知人に松之山のブナ林を案内してもらったことがあった。行って見ると確かに美人林では確認は出来なかったものの、他のブナ林ではそれを多く確認できた。高橋氏のコシノカンアオイに対する描写をまとめると、肉厚の葉が地上を這うように密着して、花らしくない濃い褐色の花が葉の下へ付き、華やかさは微塵(みじん)もないと表現している。そしてこの地方の方言で、「ヤカンコロガシ」(薬缶(やくかん)転(ころ)がし)または「ナベガンコ」(鍋鑵子(なべかんこ)・ただし誤読。正式には「なべかんす」と読む。)という。その訳は形が奇妙で薬缶を転がしたような鍋鑵子(なべかんす)みたいで、分(ぶん)福(ぷく)茶釜(ちゃがま)のようだと云うのである。新潟県下では確かに「ブンプクチャガマ」や「オケバナ」(苧笥(おけ)花(ばな))ともいう地方が存在する。千葉県では「ツボバナ」(壺花)、山口県では「カンスコロゲ」(罐(かん)子転(すころ)げ)と呼ぶ。葵祭で名高い「フタバアオイ」の俳句は多く見られるが、ポピュラーでないカンアオイの俳句をあまり見ない。数少ない中でも、谷口秋郷の俳句に「土に触れ土色多摩の寒葵」がある。高橋氏は『森の手紙』で、羽柴雪彦氏の「花袋ころころ生えて寒葵」を紹介しているが、筆者も負けじと「寒葵雪を褥に春を待つ」と作ってみた。

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